★★第81日目「『学び合わない』授業は教室がさみしい・・・」★★


今までにないほどの「教師の一方的な授業」をしました。
「学び合い」なしです。
これにはもちろん、理由があります。

友だち同士のトラブルがあり、「もう、友だちにならない」とその子達は決めてしまい話がありました。
確かに苦手な人は人生にはきっと何人かはいます。
でも、すぐにあきらめて、友だちをハイ終了
これってなにか間違っている。

それを決断したのは子どもたち、尊重すべきなのでしょうか?
一瞬迷いましたが。
いやいや、こんなのは間違っている。
私が持っている思いの丈を正直に語りました。

一体なんのために、この1,2学期の間、クラスで助け合ったり、学び合ったりしてきたのか。
このような現状に先生は、とっても残念に思うし、とても悲しい。

しーん。

そこで、今日はもう学び合い無しです。
ということで、一方的に算数の授業をしました。
子どもは緊張感の中、かりかり鉛筆だけが走る音が聞こえてきます。
わからなくても誰にも聞けません。
わからないままです。
先生が個別に回ってくれるまでは。
1/34人の確率で・・・。

全員が問題ができるまで、待ちました。
分からないで手が止まっている子へは先生がいくまで、手が止まっています。
先生が回ってくれれば、個別指導で教えてもらえます。



辛いですね。やっている私自身も。
全員が終わるまで、65分。
こんなヒドイ授業、初めてです。

日誌にみんなでふりかえりをしました。


「教えてあげたい、仲間は大切だと思った」
「学び合いってだいじだなぁって思った」
「一方的でつまらない」
「わからない子がかわいそう」
「みんな分かってスッキリする方がいい」
「友だちの協力がないと、授業がはずまない」
「いやな感じで不安だった、授業の時もチームワークを高めたい」
「ききたくても、なかなか言えないで一人一人がばらばら」
「最悪なじゅぎょう、だれか教えてほしいと思った。たましいがぬけたクラスみたい」
「先生しか教えてくれないから、友だちかんけいのなさそうなクラス」
「いつもなら、45分、学び合わないと65分なのに」
「終わったのに教えてあげられなかった」
「受け身のじゅぎょうだった」
「やるきがでない」
「教室がさびしかった。やっぱり仲間友だちは必要。だれであろうと教えてあげられる学び合いがいい」
「みんな静かだった」
「先生がまわってこないとできない。少しずつきつくなって、つまらなくなって・・・」
「学び合いがなくって、よくわからなくてつらかった」
「学び合いをすれば、20分でおわったと思います」
「学び合いでてきぱきと、みんなわかり合えて、授業を進めていけたらサイコーのクラスなったらいい、というより、そういうクラスにします!」

学び合いうクラスの文化、深めてきた子どもたちだから、自分たちの学び合う力の深さをしっています。
だから、一方的な授業にとても違和感をもったようです。

なぜ、わたしたちは、学び合うのでしょうか?
それは、クラスみんなで学ぶから、仲間とのつながりが大切だから、友だちを思いやってほしいから、
ちょっとでも勉強がわかってほしいから。

勉強だけでなく、大切なことを伝えたつもりでした。
あの子と、あの子に感じてもらえるといいんだけど・・・。


帰りがけ、
「先生、私たちやり直します・・。」

あぁ、教育ってドラマの一場面を見ているようです。

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