哲学者の時間「幸せには個人差があるのか?」



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この1年間、ほそぼそと、朝のサークル対話でクラスのことについてずっと話し合いを続けてきました。そこを土台に、今は答えのないことについて話し合っています。それを、「哲学者の時間」と呼んでいます。

これまでは、クラスの出来事や困ったことなどについて、話し合ってきました。オイラは、横耳そばだてて、そっと聞いている。職朝で遅れて教室に入るときも、子供たちは勝手に話し合いを進めている。止めないと、いつまでも話しています。もう、この時間は、クラスにはなくてはならない、ツールです。

最近では、二分の一成人式に向けて、「夢って何?」と話し合ってきました。子供たちってすごいよね。そのテーマは、夢→夢と金→夢には努力→幸せ→怒られることは幸せか→幸せの量は半分だと四捨五入できるのか?と、日々、話題はつないでいって、現在では「幸せを感じるのは個人差があるのか?」ですな。

いや〜話し合いを一緒に聞いていると、ほんとエキサイティング。オイラもちょくちょく、参加させてもらっています。普段だと、ぜんぜん発言しない子が、意気揚々と話すのにも驚き。

そして、今の対話の課題は、聞いていること、参加すること(ほんとよく聞いてくれている38人もいるのになかなかくずれない)の前提として、発言するチカラがあるかどうか?です。発言する技術はあって譲ること。発言する技術はあるのに勇気がなくって、静かに聞いていること。この二つは明らかにちがう。

伝えられること、そんなことを大事にしてほしい。繰り返し話しているところ。すると、すこしずつチャレンジする子もでてきて、いろんな声がきけるように変化がうまれてきた。

哲学者の時間がおわっても、サークルベンチに座り続けて、テーマについて、あーでもない、こーでもないと話し続けている姿がある。オイラも、ついついいれてもらっちゃう。子供たちって、大人が思うよりも、ほんとよく考えていて、世界をちゃんと持っている。

哲学するときって、子供たちの中に、「推論」「具体的な例」「論理的思考」「質問」「譲り合い」といった、多くのことが学べるみたい。

こういった時間は帯で取り組むには、なかなかとりづらいんだけれども、カリキュラムデザインすれば、案外すっといきました。指導要領、年間計画と行事、学期の計画とコマ予定、そこからみえる学習内容、それらをちょっと俯瞰してみると、「あ、こことここの単元あわせてやれそう」と、発見があります。

現在、総合学習の二分の一成人式と国語の聞き取りメモ、さらには道徳など、合科してすすめています。



まだまだ、哲学については学習不足のオイラですが、この本は本当にいい本でした。哲学者の時間の前に、読み聞かせを少しずつしながら、話し合いをすすめているところです。

さて、幸せってなんでしょうね〜?オイラは子供たちといっしょに、こういう時間をすごせて、幸せだなぁと鼻をこすりながら、毎朝マジで感じています。

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