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森田真生さんの数学する身体ゼミに参加してきたよ


以前、しみちゃんがFacebookでシェアしていた「数学する身体」のゼミにいってきた。かれは、いいアンテナたってるよね!はてはて、ほんものの数学者ってどんなことを考えていたり、やっていたりするのか、気になってたんだよね。

森田さん。数学界の大きな地図を示してくれ、そのなかでもご自分の分野について、圧倒的な弾丸トークで3時間半。数学の系譜をおぼろげながらわかったし、なによりも、数学の話を聞くことで、わからないことに対してどのようにわかっていくのか、そのプロセスを体験する自分を観察する楽しさも見つけた。




その中にとくに印象に残った話をいくつか。

シンタクックスとセマンティックの話。ざっくりいうと、シンタクティックとは記号。セマンティックとは意味づくり。例えば、分数同士のわり算。あれってどんな意味があるのかな?分数を分数でわっちゃうって。子どもたちにとっては、その意味を見つけるのはなかなかの難解なはず。でも、森田さんは、数学はわからないことがおもしろいって言ってた。セマンティック(意味付け)をさきにすることは難しい。それはそれとして、シンタクティック(記号)的に行為を繰り返していくうちに、その意味がみつかってくる。そんな話をしてくれた。まぁ、現場では面積図とかつかって意味をムリクリに見つけてくんだけどね。

そうみると、大人は意味先行型が多いよね。なんのためにやるのか?って。功利性でうごいていることが多いよね。でもね、よくよく考えてみると、学校文化の中って、やってみてから意味がわかってくることが多いんだよなぁ。つまり、これって、間接的に子どもたちって常に「数学している」んじゃないのかな。意味のわかんないこと、正確には現在の時点ではどんなに説明されても、理解できないことを、だまってやってみろよ!ってさ。そういうプロセスも学びってことなんだってことが、また大きなヒントになった。良し悪しは別として。

行為することでしか意味は見つけられない。「イスというのは座る行為があるからこそ、イスを認識できる」この例は秀逸だったな。すわったことのない人には、イスの意味がわからないからね。たしかに。



数学の3つの側面。「アルゴリズム」「創造性」「丁寧に考えること」の3つ。学校文化の中では、とくにアルゴリズムに比重をさかれがち。たしかに、自分で演算を定義してみようとする体験とか、授業に取り入れていきたいよね。算数・数学をやるよさって、しっかりと落ち着いて考える体験の積み重ねってのも納得。

最後に、数学の価値とは、これまでになかった「意味を立ち上げる」こと。講座では、Sense making って言葉をつかっていた。これってPAでいうmeaning making に近いよね。体験や行為から、自分なりの意味を構築する体験。これまでになかった価値を立ち上げる。うん。とってもいいヒントをもらった。

数学って、実学にしちゃいけないのかもって思うようになってきた。楽しいからやるものなのかもしれない。もしかして高尚なドウ○ク!?


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