グループプロセス?クラスプロセス?どっちが先?

協同的な学習コミュニティづくりは、全体が流れることが先か?
それとも、そこでおこなわれている対話の質をあげることが先なのかな?

そのときの教師の立ち位置や関心が如実にあらわれちゃうのが、カメラワーク。

クラスで撮りためた昨年度の動画(学期ごとのクラスムービーの材料ね)をみてみると
やはり1〜2学期はとくに全体へカメラをフォーカスするのが癖になってしまっていかな。
それは、ぼくがどうしても、全体のプロセスに目が行きがちになってしまうあらわれ。

なぜそうなるんだろう?

「クラスのひとりひとり、つまり全員がそれぞれの課題にコミットしているのか?」
「この場、全体が関わりあいながら、それでも流れているのか?」
「うるさくなりすぎて集中を疎外していないか?」などといったことの優先順位が高かったんだな。
高すぎたんだな。
それは、焦っている証拠。
外から見えやすいところに、引っ張られてしまうんだよね。
今に思えば、その気持もわかるんだけれどもね。

もし!?動画のショットを、ズームして、数人のグループプロセスそのものにフォーカスするならば、きっと違っただろうな。
何が話し合われていて、なにがまだ足りなかったり、足場が多すぎたり。
全体がながれることよりも、そこで話し合われている「知の構築」質そのものへ興味がいったとき、他のグループやクラス全体への波及効果は大きいんじゃないかな。
3学期はとくに子どもたちの話している内容にずーっと気にしていたから。そこでちょっと変わってきたしな。

学習コミュニティをそだてようとするとき、全体が流れているかに大きくフォーカスされがちになる。
今年度はもっとバランスよく、グループでどんな対話がおこなわれているのかを、ていねいに観察し、記録し、フィードバックしていこうかと思った。

カメラワークそのものが、ルーズでとるのか、アップでとるのかで、実践の質そのものがかわってくる機転になるんじゃないかな。
そうおもうと、あの4年教材の「アップとルーズで考える」ってなかなか深い教材。

なんかこの4月からかわりそう、かわれそう。

Trackback

Trackback URL
http://igasen.blog22.fc2.com/tb.php/369-a65cf69c

Comment

Comment Form
公開設定

news
comment
log
category
all

全ての記事を表示する

search
link
このブログをリンクに追加する