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学生以来の友人が、ちょうどいま北海道の大地を自転車で旅をしている

学生時代の仲間や教え子、研修の仲間からたくさんメッセージをいただいた。
ありがたい気持ちと同時に、こういうことが苦手で後回しにしがちな自分だけに、みんなのマメさにも頭がさがる。みんな元気そうでなにより。ありがとう。


学生以来の友人が、ちょうどいま北海道の大地を自転車で旅をしている。
その彼とは寝食を共にし、北海道までをヒッチハイクで回ってきた。
もうかれこれ、15年も前のこと。

丁寧な誕生日メッセージをいただいた。
その中の一部にこう記してあった。


『今回の旅が、あの時を超えるものになってるかって聞かれたら、それはイエスだ。体力や無鉄砲さはなくなっても、確実にオトナになっている。
そうだな、例えば、マイルで釧路まで飛んできた。邪道かな?いや、着実に社会に一定の場所を持ったってこと。「プロの旅人」にならずに生きているってことは、それはそれで大切なことだと思ってるよ。』

15年前、お金もなく、あるのは時間と仲間だけ。ひとなつっこい人情味のある彼と二人でヒッチハイクの旅にでた。関越道から段ボールに行き先を抱えた。彼の人相はあごひげたっぷりでいぶかしがられる懸念はあったが(今だから言えるが)、意外にもすんなり乗せてもらうことが多かった。トラックが途中で故障したこと。三沢基地で花火をみたこと。留萌の夕日が美しかったこと。いろいろ思い出してきた。当時活動していた野外教育のキャンプディレクターに借りたテント。まだツェルト式の自衛隊用テントだったか。肩を寄せ合ってふたりで寝た。北のバス停は寒さ対策で小部屋になっているのでちょっと高級なコテージと思えてベンチに横になった。30台ぐらいのりついで宗谷岬に二人で立ったときには感慨を覚え、そこで彼と別れたときの旅の仲間の喪失感は今でも覚えている。その後の一人旅の唯一の相棒は裸ギターだけだった。

たしかに、あのときのモラトリアムな時代から、それぞれの社会的な立場や大切な人との関係、めんどくさいしがらみなどまで、あのころでは想像できないほどたくさん抱えている。

旅先でのオトナになって見える景色はきっとかわっているはず。若い当時には感じられなかっただろう「今だけのストーリー」を無鉄砲なあの旅と重ねたりして、また深く旅を味わっている頃だと想像してうらやましがっている。

こんなメッセージをもらうと、また、北の大地に旅立ちたくなる。たぶん、自転車だろう。等身大の自分からちょっと背伸びしている今の場所から、ちょっとだけ自分らしくいられるようにまた旅に出たい。

昨日、66歳で旅に出ることを妻に話した。一緒にいかないか?ってさそってみたけど、「あなたはきっと一人でいきたいだろうから、そのときまで返事はしとかない」って笑われた。よくわかっていらっしゃる。

旅は一人に限る。

今の自分の内省を支えているのは、こういう旅のひとりぼっちの体験があるからだろう。とはいうものの、彼と旅した日はいまだにぼくの中に大きくのこっている。そんな矛盾を感じながら、喫茶店で旅立てることもないまま、ベトナムコーヒーを飲んでいる。

今日はいやに感傷的。

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