宮崎駿さん引退に思うこと

宮崎駿さん引退に思うこと


きっとやりきったんだろうな。感銘を受けました。
先日、「風立ちぬ」を観てきてたときは、しばらく一体この映画はどういう映画なのかよく理解できませんでした。理解できないって、ストーリーではなく、どうしてこういう映画をつくったのかってこと。

宮崎さんは、やりたいことをやってきて、もう同じものを作ろうとはおもえない。その分野にクリエイティビティを発揮するのはとっても苦悩だと想像に固くありません。それでも、本当に自分の好きなことを表現する。

ナウシカに始まりラピュタ、宮崎作品の名枠役として「飛行機」は欠かせない存在。そしてトンガリ小僧が憧れるように、戦闘機が好きなんだな。でも、宮崎さんは表立ってその殺人兵器を好きとは言えないまでのカリスマ性をもってしまった。その言葉にはならない思いを、堀越二郎のライフストーリーに合わせて、きっと表現したかったんだろうと。堀越二郎の飛行機への憧憬と「美しいもの」を表現しようとして。二郎さんの集めたかった美しいものって、「零戦」だったり、「妻」だったりとてもどん欲でわがまま。

それでも、この時代にあがらうかのように、この映画のメッセージ、「生きて」って。「美しいもの」を目指して生きていく。

とても印象だった言葉「創造的人生の持ち時間は10年」というカプローニのセリフ。ボクの創造性はいつ発揮されるのだろう。もしかしたら、もうそのプロセスのまっただ中にいるのかもしれない。そう思うとちょっと怖い。そして、二郎さんのようにすでに翻弄されていたら…。

そして、映像に映るどんな脇役の躍動的な動き、眼鏡に映り込む二郎さんの瞳、ディテールを積み重ねることで表現される、「言葉では表現しきれないもの」に触れられた映画でした。だから、宮崎さん、

そうそう、エヴァンゲリオンの庵野さんが朴訥とした二郎さんの声ってのも好印象でした。

ではでは、明日へもういっぽ。

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