未来を繋ぐ仕事だと


「教育と効率は本質的になじまない」ことを内田樹さんのブログで読みました

内田樹の研究室 「不便さと教育」 


以下引用抜粋 引用開始

「自分が何を学んだかを決定するのは私自身である。そして、「誰も同じその人から私と同じことを学ばなかった」という事実こそが私たちひとりひとりの代替不能性、唯一無二性、この世界に私が生まれなければならなかった当の理由を形成している。

学びというのはそのようなしかたでダイナミックに構造化されている。学びが力動的で、時間的な現象である限り、私たちが生きる一瞬ごとに、私たちがかつて受けた教育の意味は改訂され続けているのである。私たちがかつて受けた教育の意味が振り返るごとに改訂され、そのつど深みと厚みを増し、そのつどそれまで気づかれなかった相をあらわにするということ以上に教育的な事況というものがあるだろうか。

「効率」というのはもう変化することのない価値(人間的尺度からすれば「死物」としての価値)を抽象的に切り出された単位時間で除して得られるものである。そのようなものを数値的に考量したり、比較したりすることに学びにおいてどれほどの意味があるのか、もうこれ以上の言葉を継ぐ必要はないだろう。」

引用終了


とても妙を得ていて、私には、教育のもつ主導権がだれにあるのか?オーナーシップはどこにあるのか?そこをしっかりとふまえていなければ学校の中における学びは教師のものになってしまう。さらに最近私もよくもんもんとしながらも取り組むテスト、安易な効率的な評価を当てはめていってしまう危惧がココにあるような気がします

教育は未来への種まきのような仕事
とても尊い仕事です
結果はすぐにでないものが多くありますが
未来の日本、地球を育てているのですから




今日は一年前の震災へ思いを向け、こんな本を読み聞かせしました




新任の頃から教室に置いておいた阪神淡路大震災の絵本
それぞれの登場人物がもつ悲しさをそれぞれのチェロの音色に重ね、清らかな世界が流れてきます
また、スケッチがまた透き通るようで吸いよせられてしまいます

読み終わり、子どもたちと黙祷を捧げました
その時間はふだんのわんぱく坊主たちもじっくり目を閉じ無言の時間が流れました
それぞれ何を感じていたのかはそのまましまってもらうことにしました

君たちがこれから10年後20年後の日本、地球を支えていく人となっていってほしいこと、そのために今できること、勉強を大事にしてほしい、そんなことを話しました

卒業式の練習が始まりました
いよいよ別れの時期です

Trackback

Trackback URL
http://igasen.blog22.fc2.com/tb.php/273-83cf3b65

Comment

Comment Form
公開設定

news
comment
log
category
all

全ての記事を表示する

search
link
このブログをリンクに追加する