被災地へ「見学」に行くことの意味

宮城県の被災地を見学してきました
3か月ほど前、KAIが現地への派遣教員として支援に行ってくるんだと
焚き火をしながら話をしてくれました

KAIが勤務している間
いつか行ってみたいなぁ、行かねばならないなぁと思っていました

しかし、現実はなかなかうまくいかないもので
行こうという気持ちはあるものの
こんな物見遊山な気持ちではたして現地に行ってもいいのだろうか
ボランティアをしなければ、行っても被災地の人からは嫌悪感な眼で見られてしまうのではないだろうか
そんなことを感じ、なかなか現地見学へのハードルを越えられずにいました

そして、ある人の一言があったから、「よし!行こう!」と決意できました
2ヶ月ほど前にOBS(アウトドアバウンドスクール)の教員免許更新合宿でいっしょだった
気仙沼のあべパパの言葉
「ナオト、一度見に来るだけでもいいんだよ
宮城が今どうなっているかたくさんの人にただみてもらいたいんだ
気軽に来てよ」
との一言に背中を押され、いよいよ行く決意ができました

とはいってもそんな計画的ではなく、KAIがいる今こそ行かないと一生いけない、そう思い
「後でいってもいい?」とKAIにいきなりのメールをし、夜には佐沼の居酒屋で再会を果たしていました



KAIのていねいな説明とまだまだ道がととのっていないため激しい運転(決して縁石をのりあげたからいっているのではなく)で宮城県の津波災害地区をくまなく回ってきました

ちょうどその翌日はMAP(宮城アウトドアプログラム)の研修があるため、指導者として呼ばれているKAIとりょうちゃんの3人で回ってきました

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悲しい姿のバスケットゴール

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生死を分けたのは高さ数メールの差

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道路は整理されてはいるものの、まだまだすぐわきにガレキの山、これでも100分の1に減ったそうです


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KAIの現地にいたからこそのにじみ出てくるような話を聞きながら、その場所その場所の震災当日からの思いをはせながら回りました
KAI自身も、放課後毎日、車で被災地を回わり、その都度、多くの発見と気づきがあったというほど、熱心な人
そんな彼が説明する言葉には重みを感じました
「小学校の屋上に避難する方が良いのか、ここから2km高台まで走って避難した方が良いのか
低学年の子どもたちは津波がくるまでの短い時間じゃ走りきれない
屋上に避難しよう
結局、この屋上にも津波がやってきて、あわや30cm膝の高さまで水がきた
そして、雪が降るほどの極寒の夜、屋上の小部屋においてあった学芸会の衣装などを着て
寒さをしのいだんだ」

実際にその屋上に、立ってみると驚くような光景ばかり
、屋上にはあるはずがない養殖されたたくさんの牡蠣の残骸
国旗掲揚のポールが根こそぎ折り取られた金属口
そして、眼下には津波によってすべて流されてしまったガレキ以外なにもない海までの風景

しかし、このような話は始まりに過ぎず、見学に行った場所場所、胸を締め付けるような残骸と
悲惨な跡が残されていました

なにを感じ、なにを考えればいいのか、その時は言葉が出てきませんでした
そして、整理の付かないままつぶやいたツイッターの140文字

「被災地について「知っているコト」と「見ているコト」とでは大きな違いを感じた。
実際、行ってみてきたからこそ、初めて知ることが多く、また、知らないコトが多すぎるコトを知る。
見て知ってきた人は自分事となる。
だから、自分にも何か役割を任されたと感じた」

つまり、ボクは「知っているつもり」になっていました
TVやネット情報では、現地の動画がたくさん流れ
被災地と遠く離れていてもいつでも手に取るように入ってくる情報に
「知っているつもり」になって、「分かったつもり」になっていました

でも、実際に「見てくること」で、ボクの生活では、その被災地の多くの第3情報(情報として広がるまでにいろんなバイアスにかかって、真実の生の声が見えにくくなってしまっている)に触れ続け、慣れてしまい、考えることや感じる心が麻痺してしまっている自分に気づきました
計画停電(是非は置いておいて)があったときは、今回の災害を自分事として感じていたはずなのに、わずか5ヶ月足らずですでにTVの向こうの情報になっていました

また、興味本位(決してそんなつもりではないのですが)で見学に行くことが良いことなのだろうかという迷い
ボランティアや支援活動に触れているからこそ行く価値があるのではないか
というたぶん多くの人が感じている思い込みで、なかなか「見てくること」ができませんでした

しかし、実際に「見てくること」で、初めて知ることがたくさんありました
いや、正確には、「知る」ではなく、「感じる」ことがたくさんありました
そういった意味でも、現地に行って実際に見てくることで感じる気づきの多くは
これからの自分の考え方や行動を買えていく大きな糧となりました

あべパパの「ぜひ、見に来て」といった言葉や
KAIの「どうしてみんな見に来ないだろう」の意味が分かってきたように思います

実際に体験(見てきたこと)をすると、いよいよ他人ゴトとは捉えられません
情報や知識では人はなかなか動けないけど(行動力のある人は別として)
現地に行って感じるものが、人を動かすんだと思いました

だから、みんなにもボランティアといった「自分にできる子とは何?」「何かをしてあげたい」といった崇高な気持ちをもたなくても、もっともっと純粋に現場で何がおきているのかを「感じる」ために行ってほしいと願います

今からでもできることがあります
「見てくること」です
そして、色んな人に考えてもらいたいなと思います

電車で行って、レンタカーを仙台で借りて
内地の宿に止まりながら巡ってくるだけでもできることは多いはず
被災地から離れた宿はもうがらがらで苦しいみたいです



そして、今、自分が行動に移すに当たって考えておかなくてはいけないことがあります
被災地に行くと「がんばれ日本」というスローガンをどこでも見かけます
そして、「がんばれ日本」と掲げられている所こそ「がんばっている」所
紛れもなく、被災地の方々は「がんばって」います

避難所となっている体育館を見せてもらうと、プライベートもなく
むんむんとした夏の暑さに耐えながらすごしていることを知りました

本当に「がんばれ日本」と言いたいのは、被災地から遠く離れた私たちへむけてではないでしょうか
「私たちこそ」がんばるときだと思います
自分ができることから始める、そういうことが必要だと思います

でも、行動を起こす前に、やっぱり考えておかなければならないことがあります
それは、復興していく地域、この国の未来、この地球の未来をどうしていくのか?です
このような目的やこれからの地球のあり方を抜きにして
また、同じように危険なエネルギーに頼ってみたり
批判ばかりして自分一人が変わろうとせずに、政治やお上に任せている意識では
同じ失敗を繰り返してしまいます

復興に向けて行動したり活動しているときは、高揚とし、役になっている実感があるかもしれません
しかし、その活動自体が復興のゴールでは決してなく
ひとりひとりの市民、国民が自分たちの済んでいる地域、生まれた来た国、残していきたい地球といったグローバルな視点をもった自立した市民になれたら、本当の意味で持続可能な平和な世界につながっていくのではないでしょうか

今、日本は転換をせまられています
今までのエネルギー政策、自然災害対策のあり方、政治や教育、人として幸福に生きていく価値観など
モノが多く豊かであること、技術が進歩すること、これらは本当の幸せでしょうか
もちろん、モノが多く技術が高く豊かな生活を送ることは戦後の日本にとっては目指すことだったのかもしれません
しかし、これだけ情報化され、モノに溢れているにもかかわらず
年間30000人の人が自殺しているこのモノが豊かな国、日本

ボクは教育で、今、間の前にいる子どもたちとともにこれからの世の中を、持続可能は幸せな世の中を育て
作っていくために学びを
教室を
学校に力を入れていこうと
未来を作っていく今の子どもたちを、今こそ思うときだと心が引き締まりました

未来を創っていく仕事、先生という役割に責任を感じています

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つばめです。 | URL | 2011.07.31 22:55
被災地の様子、避難されている方々本当に頑張っています。
私は避難所で出会った高齢者の方へ言葉掛けをしながら、上っ面な言葉だけ
しか出てこなく、どうしていいかわからなく立ちすくんでしまいました。
震災後、時間の経過と伴に現地の方も直接的な支援より、いかにこれから自立に向けての支援が必要なのかを痛感せずにはいられませんでした。
これから原発の問題も含め、どう自然と人間が共存していくかを考えなければいけない時代なのではないでしょうか。

イガせん | URL | 2011.08.03 19:36
さすが!つばめさん、現地へ行かれたのですね。

現地では、今、職を求めているようでした。
そして、まぎれもなく我々大人はターニングポイントに立っています
こういうことは人に任せちゃいけない気がします。
自分ができること
まず、ひとつ行動していきます。
ぜひぜひ、また近いうちに。
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