祖父との別れ

100歳に近くなる祖父が亡くなりました。
母方の祖父で群馬県に住んでいました。
葬儀は家族葬というかたちでしめやかにとりおこなわれました。
その場に集まったのは、齢92の祖母、娘息子夫婦、その孫たち。ひ孫たち。
だれも、祖父よりも歳をとったものはいません。
ボクは、そんな葬儀に参列しながら
「見送られるってこういうことなのかな。こういうのって、幸せだろうなぁ」
と考えていました。

祖父が入院したのは、5年ほど前。
股関節の骨折でした。
もう、治る見込みのない祖父はどんな気持ちで病院で過ごしていたのでしょうか。
たまに聞く母からの様子。
母が帰るときに、「もう帰っちゃうのか?」とさみしそうな言葉を投げかけるそうでした。

でも、ボクは、忙しさにかまけてしまい、お見舞いにも行けずじまいのままお別れとなってしまいました。

別れを少しずつ覚悟していたせいか、胸を突き上げてくるような悲しみはなく
穏やかに別れをすることができたことに、不思議な感覚がしました。
でも、何か胸にポッカリ穴が空いたような気がしました。

振り返ってみると、仕事仕事、教育教育、と熱を注ぎすぎていたように思います。
なにか、こう、大切なことを忘れていたような。
一番は、身近な家族だったり、友達だったり。
こういうことって「あってあたりまえ」とついつい甘えてしまい
ついつい後回しになってしまっていました。

ボクは教師としての仕事や人と関わりの中で生きていくこと、なにか大事なことを忘れていました。
じいちゃん、ありがとう。

じいちゃんがどんな人かというと、

ぼくのじいちゃんは、とても優しくて、人がよく、頭がツルツルしており
よく夏にはその頭をなで、冬には毛糸の帽子をかぶっていました。

じいちゃんはとても人のいい瓦職人でした。
ある時、体温計工場の瓦をあげたときのこと。
不況で工場からの支払いができない、ということで現品支給の体温計をごっそりもらって帰り
祖母に大目玉をくった話をしくれてました。

ぼくは、そんなじいちゃんのすごいちからこぶのある腕がすきで、よく姉と二人で
やって、やって、と力瘤をみせてもらいました。

まんじゅうが好きで、ある日、自転車で走っていたら目の前のトラックから饅頭箱がおっこちてきて
とてもうまい思いをしたことを嬉しそうにはなしてくれました。

こんな他愛もない話をするじいちゃんは、いつも目をほそめながら、焼酎をすすっている姿でした。


じいちゃんは母方の祖父
すでにもうなくなっているのは父方の祖父
実は、この二人は親友でした。
「じゃぁ、おめえんとこの娘とうちの息子、結婚さすっぺ」
「んだんだ」
こんな感じだったんでしょうか。
ボクはおさな心に、おじいちゃん二人はいつもいっしょにいて、家族旅行にはふたりのおじいちゃん夫婦に囲まれているのが当たり前でした。
家族のだれもがなかよく、あったかい感じの家族の空気の中育ちました。
その空気があたりまえすぎていたけれど、今振り返ってみるととても特別なことだったんだと気づかされます。

「じいちゃん、夢はなんだい?」
90を過ぎたころにこんな質問をじいちゃんにしました。
「長生きじゃな」

きっと、今頃、ふたりのじいちゃん同士、天国前の赤ちょうちんで焼酎を酌み交わしているんでしょうか。
じいちゃん、じいちゃん、顔を赤らめながらボクたちをみまもっていてください。

さようなら。
news
comment
log
category
all

全ての記事を表示する

search
link
このブログをリンクに追加する