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疲れていても、嬉しい問題

今週は放課後からがとくに慌ただしかったなぁ。週末は旧友が運営しているリスクマネジメントのカヤック研修。これはどきどきして最高に楽しかった(まぁ、行き帰りのアニメ視聴もまた学び多いものとなったのだけれども苦笑)。その疲れもひきづりつつ。

それから今週は取材が2件。一つは授業参観。体調を整えるためスポーツジムへ。そして、明日は新しい本の打ち合わせ。まだまだ気が休まらないところ。

そんななか、今日、「数学者の時間」で子どもが新しく作った問題をみせてくれた。

IMG 35522クラスで取り組んでいる「シアワセのバケツプロジェクト」や、「しなやかマインドセット」も問題になっちゃう。こういう物語って、気持ちが嬉しくなるねえ。かちこちくんに、しなやかちゃんがやられてしまう…。ははは。リアルです。

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数学者の時間」子ども達の作品1巻目出版!


いよいよ、今年も「数学者の時間」がスタート。子ども達は、目をキラキラさせながら「算数は嫌いだけれど、数学者の時間はすきー!」とはじまりました苦笑。

割り算の等分除、包含除の2種類で問題作りをつづけ、いよいよ全員で出版。生活感あって、夢があって、面白問題があつまってきた。問題は解くだけではなく、作り出すもの。つまり、その人の作品なんだよなぁ。



それに気づかせもらったのが、この本。算数の持つ「問題は先生より降臨するパラダイム」が変わったんだよね。

出版にむけて、母ちゃん、父ちゃんのメッセージがあたたかくて、読んでほっこりしてしまう。なによりも一番のファンがいてくれるって嬉しそうだった。そして、思ってもみなかった、友だちの母ちゃんからもファンレターが届くと、ニヤニヤしてしまうようだ。最後まで、ねばって問題作ってよかったねーって、いっしょに喜べた朝の時間。

自分たちで作った問題を解き合ったりする。なかには、友だちとも作り始める子も生まれてきた。オイラは、このワークショップの時間がスキだ。なによりも、ひとりひとりとじっくりとおしゃべりできるから。どんなことを考えていたり、つまづいていたり、おしゃべりを通してその子の思考がつたわってくるから。

さて、「数学者の時間」の研究も4年目。いよいよ原稿ができはじめ、お互いの原稿にフィードバックを入れ、修正を始めたところ。納得のいく本にして、子どもたちが「考えることが楽しい、算数が好き!」な子たちとなるよう、広がって行ってくれると嬉しいなぁ。

IMG_3431.jpg

「向き合うこと」に欠けていたこと、それは「寄り添うこと」

 

先週のこと、初めて取り組む習字や遠足、その他もろもろの学校行事で、あれやこれやと指示することも多かった。特別日課も続き、子ども達は生活のリズムがもてずに、ごてごて。結果、お互いイライラすることも増え、しかることもふえるし、どこかおもしろくない。教室の中で、だれかがしかられている空気は、「次は自分だ…」とじわじわとせまってくるよう。心がささくれだつ。でもそれも、オイラは子ども達のことを思ってのこと。逃げずに、後回しにせずに「向き合うこと」をしてきた。

でも、それってほんと?

放課後、ウーパールーパーのウパ男にえさをあげながら、一日のことを振り返っていたら、そんな問いが生まれた。

 

オイラは、いつ頃から「向き合う」って言葉を使うようになってきたんだろう。特別支援学級の担任をやりはじめたときだろうか。それまで通常学級で、ひとりひとりに、じっくりと逃げずに向き合ってきたつもりだったんだけれども、やっぱり、人数の多さと、そのかかわりの浅さを実感したからだろうな。

でも、特学では、子ども達と「向き合うこと」で、かれらのもつ苦手なことや障がいが及ぼす学びにくさも、少しずつ克服していけることを知った。人は成長するってことをね。ここで、人はかわれる!としなやかマインドセットを体験的に知った。だからこそ、めんどくさいことやその子のできていないことへ「向き合うこと」から逃げちゃいけないと思って、その後、通常学級で子ども達とやってきた。

でもそれが今の自分を苦しめている。

子どものかかえているできないことや苦手なことへ「向き合う」ことで、きっと子どもは変われると信じている。でも、ときにそれが、「また~?」「学校になにしきてるんだよー。もう~」と、叱責や批判がくりかえされてしまう。そんな、つもりはないんだけれども、ついつい強く言ってしまうことも。すると、おたがいの言い分や気持ちにも、軋轢や葛藤が生まれてしまう。

「ここで、向き合わなければ!きっとまた、来年同じことを繰り返して苦労するはず。今ここでなんとかしなければ」って。これまで、向き合うことから避け続けられてきた子たちは、または逃げてきたこたちは、やはり教室でもしんどさを未だに抱えている。だからこそ、この子の将来をねがってのこと厳しいことも。だれも、相手を悪くしようとはおもっていないし、善良な親心から。相手の心のエネルギーも気にすることもなく、つながりという関係性に甘んじてしまって。ふりかえってみると、こういうことをしてしまったことが、これまで何度あったことか。あぁ、ごめんな。でも、それで成長してきた子たちもいる。だから悩ましいところ。

でもね、やっぱ、なんかね、もっと足りてなかったことがあったんだろうね。それは、「寄り添うこと」。

どうして、もっと苦しんでいる子に優しくしてあげられなかったんだろう?きっとね、この年齢になってきて、校内で、認めてもらいたいっておもっていて焦っていたんだろうなぁ。教室を美しく「ととのえたい」って気持ちがむくむくと。「ちゃんと、学校のやくそくまもって、工夫してやっています」って。でも、そもそもそういうマインドセットがちがう。もっと、大事なところでつながっていかないといけないんだ。

新年度、始まっての1ヶ月。子ども達のペースに合わせて、これまでやってきたことは少しおさえてきた。だからこそ気づいちゃった。学校って、ちゃんと規律やルールで管理していると流れてしまうことに!ここで問題なことは、何が育っているか、何を子どもたちが理解しているかは別としてってこと。うう、怖い。裏を返せば、ワークショップのような取り組みをしていくことが、オイラにとっては、そういった教え手の都合教育を未然に防げる装置になっていたんだと気がついたりもした。

 

向き合うことに欠けていたことは、寄り添うこと。自分のために、向き合うではなく、子どものために向き合う。そう思うようになると、もっと寄り添えるようになれた。

失敗から学べるように、何を声かけ、支援していったらいいのだろう。何度言っても伝わらない。何度も言い続けることは大切だし、そこからは逃げちゃいけない。でも工夫することはできるはず。その子ができるように、いやな気持ちになったり、あきらめないようなアプローチが。

何度言ってもできない子には、机に付箋を貼ったあげたりするし、鉛筆もって最初の1文字を書いてあげることもそう。一緒に考えたり、感情に寄り添ったり、そっとしておくこともそう。依然できていたことだったのに…。

これって甘やかし?ちがうよね。ガツンと批判されて成長したいって、だれも思えないよ。小学校って、オトナからの一方的な感情をつきつけやすい場になりがちだから、気をつけないといけない。

ガツンと言われて伸びるには、もっとちょっと先の「自分ごと」になってからのこと。でもね、ウソはいわない。健全な批判は必要だしちょこちょこ伝えていく。それが、相手にとって恐怖やしつけにならないようにしたいってこと。子どもだって大切な一人の人なんだし。待てばよし。人が成長するには時間がかかるってこと。

しなやかマインドセットを再読して、ちょっと心に抱えていた「こっちの教え手としての都合」の圧力がぬけた。なにも、強烈に管理する必要はなくって、子ども達の願いの総和でルールをつくって、学校らしさ、教室らしさをつくっていけばいいってこと。それが学習コミュニティづくりにある。プロジェクト・アドベンチャーのビーイングもそう、ワークショップ授業もそう(ワークショップ型ではなく)。

失敗はできるようになるチャンスだとあらためて、心持ちがかわった。そうすると、教室の中でみえる一つ一つの行動すべて意味づけがかわって見えてきた。どんなにできない子だって、そして、そのなかでも、やろうと努力しているところに目が行くようになった。ああ、ごめん、そこに気づいてあげられなくてって。気持ちになった。教室の空気感が一気に変わり、柔らかくなった。まぁ、これまでものんびりはしているんだけれども笑。今週は、オイラも、教室にいて幸せな気持ちで過ごせた。

心持ちは、大事だ。人は変われる。だから、その努力した行動やしていることについて、「どうしてそんなにがんばれるの?」「まぁ、その失敗を次にいかそうよ。」と寄り添っていけばいいんだろうな。うん。とりあえず、そう続けていこう。

こういうことを気づかせてくれるわんぱくな子どもたちが、今年もいる。オイラは、子どもたちにエラソーに教えているつもりだけど、じつは、「イガせん、まだまだわかってねーなー」と、じわじわと教えてもらっていることに気づく。ちょっとなまいきな奴らだけれども、ありがたいことだなぁ。これからも、そういうことにアンテナをたてていきたい。 

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遠足の日、「晴れますよーに」っててるてる坊主をかざってくれた。でもそれが読書タイムのときに…。あらぁ。嬉しいよでもねぇ…と。さてどうすっぺ? 学校ってこういうことの、積み重ねね。ま、これが楽しいんだよね。

人は変われるし、成長する「しなやかマインドセット」


昨日、夏前にひかえている社会教育講座の自学ノートについて、打ち合わせをしていたとき、この本が話題にあがった。



この本は、もう7年ほど前に読んだ本。





最近は、完訳もでている。そっちは、マイケルジョーダンとかの例が抱負。でも、どちらもいい本。
先週、クラスで「しなやかマインドセット」と「かちこちマインドセット」について話し合った。学ぶことに向き合うには、ここの話は避けて通れない。


なによりも、「心のもちかた」が大切。

やればできる!ってかっこいい。夢だって、なんだってかなうんだし。そういう人はしなやかマインドセットをもっていたってこと。チャレンジすることは、自分をのばしてくれるものと受け取っている。忌み嫌い避けるものととらえると成長はなかなかやってこない。それがかちこちマインドセット。

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この写真の項目は、半年ほど前、しなやかマインドセットを「数学者の時間」にも使えるよね、とメンバーのがもちゃんと、7つにしぼってみた。「Grouwth Mindset Classroom」って本にあったんだけれども、教師がこの表をつくるそのものが研修になるって。確かにそうだったなぁ。ぜひ、おすすめです。

この表について、ことあるごとにふれている。オトナだってそうだよね。今、うまくやれなくたって、「変わることをおそれない」ですすめるって、オイラにも励ましになっている。

まぁ、教室では「都合の悪いことはむしむし、いいかげんにちょちょちょいでおわらせようとする」大敵たちと、現在、むきあっているところ。

「あー!!すべておれのことだ〜!!」と。自信をもってこたえていたし。

安心してくれたまえ。去年、同じように、ぜ〜んぶ、あてはまる少年が、いたんだよ。でもね、かれは、変われたよ。「しなやかマインドセットになったでしょ!!」と自信をもって、教室から去って行ったから。

人は変われる。

これほど、教育現場にいて救われる言葉はないなぁ。どんな子でも絶対に。でもね、それには、しなやかマインドセットを育てる関わり方が大切なんだよ。能力をほめずに、失敗こみのプロセスをいっしょに喜んだりとか。あ、努力ではなくてね。ここがちょっとむずかしいところ。

どういうときに、人って自分の信念やビリーフ、固定観念ができたり、変化したりするんだろうね。よくわからんけど、人とのつながり方や、関わりは大きいよね。

こういう考え方は、もっともっと教育現場にひろがっていってほしい。あぁ、いつかキャロル・ドゥエックがいるスタンフォード大学にチャレンジしてみたいぞ。(笑)

単元の最初に「質問作り」で探究スタート!


先日、ダン・ロスステインさんが来日されたとき、「質問づくり」のワークショップに参加した。質問を最初に作ることは、やはり学びの原動力をかき立てる何かがあるなぁと再実感。



※数年前に新宿の居酒屋で市川力さんより紹介されたときは、まだ未邦訳の洋書だった。その後、吉田新一郎さんに下訳を読ませてもらったりと、なにかと縁のある本。


本のつくりがよすぎて、本以上のことをみつけられなかったのが残念であった。それほど、この本には力がある。

理科でもさっそく「質問づくり」をやってみた。といってはいいすぎだけれども、これまでどおり、単元の最初にやっている、課題作り。蜘蛛の巣マップでアイデアを拡散していって、いくつかしぼって、模造紙に最後にまとめてみた。

IMG_3138のコピー


子どもの好奇心っておもしろい。「羽の模様を知りたいな」っていいなぁと思う。「ルイボシカミキリの青が美しい」って、福岡伸一がいっているのをふと、思い出した。実際に福岡さんから、そのルイボシカミキリの標本をみせてもらったたときには、オイラにはそれほどなかなか美しいとは思えなかった。好奇心を持ち続けるオトナはどこか、かっこいいと思う。羽の少年も、そういうオトナになっていってほしい。



「めんたまの中がどうなっているのか知りたい!複眼っていうんだってよ」につられるように、「やっぱり、頭の中身もしりたいよな」「そうだそうだ、ハラの中身はもっとしりたい」と、マッドサイエンティストよろしく、血がさわいでいるようだ。蜂の寄生虫がイモムシのはらからでてきたら、驚くだろうな。

今後、研究を進めるに応じて、これらの課題がぬりつぶされていくんだろうな。そして、自学ノートでもさっそく!調べたりと。
ほんと、3年生の理科っておもしろい。教室は、イモムシごろごろしています。
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