プールの自由時間しない派だったオイラからみえてきた無意識のコダワリ

 

自分がこれまでもっていた思考のクセというのでしょうか、無意識のコダワリのようなものが顕在化した体験をしました。

今日は水泳指導3回目。ドル平(足はドルフィンで手は平泳ぎ)を主に教えていて、水泳の時間だけれどもなんだか、音が静かでヨガの時間のように子ども達とゆったりとリラックスするような時間が流れていました。

予定していた練習も終えたので、さて終わりにしよっかって、声をかけると、「自由!自由!自由!」と、自由をもとめて訴えている子ども達。小さな尾崎豊がたくさんいました。それに呼応するかのようになにか忘れていた心にしびれるものを感じました。かれらは決して自由を求めているわけではなく「プールでの自由時間」がほしいとのことです。

前回の水泳学習では、オイラがギックリバック(ぎっくり腰ともいふ)で、替わりの先生に替わってもらえました。そのときの自由時間が2回あったことを嬉しそうに振り返りに書いている子もいました。

オイラはこれまで学習指導要領にあわせて身につけてほしい水泳能力と、それにあわせて年間指導時数をわりだすと、いっさい自由時間をもうけることはできませんでした。そういうのは夏休みのプールだったり、低学年の水遊びまでとどこか割り切っていました。やっぱり、あの苦手な子ども達には少しでも泳げるようになってほしいという願いがありました。さらに正直言えば、「自由時間」という指導時間はありませんよね、というかんじ。

けれども、今日の水泳の時間にはあと5分だけれども自由時間をとれる時間がありました。むむむ。だったら、もう少し練習・指導したくなる自分の気持ちと、いやいや、やっぱり子ども達のそういう時間も大切にしないといけないなと、葛藤しているオイラがいました。

そういう自分に気付くと、「あれ、オイラ今、目の前の子どもたちを置き去りにして、教えるべきことを優先してるかも」って。教師がもっている教えるべき事、教科書に子ども達を当てはめるの、やっぱりへンだってこれまで言ってきていたのに、瞬時にそういう判断をしようとしている自分がいました。

あわわわわわ。

なにか大事なことを忘れていた。後で、職員室でそんなことを話していたら、「よかったじゃない。子ども達が泳げるようになる前にプールがキライにならないで」って、笑って話されました。ふむ。感情的なものを大切にしているつもりではいたものの、好きとか楽しいとか、置き忘れそうになってました。新しい職場に変わり、ある意味これまでの文化を相対的に観られる経験なのかもしれません。

これまで自分が大事だと握りしめていたことが、本当にそうなのかな?って少しずつ考えるスペースができる体験をしています。そうすると自分がこだわっていたものがするりと流れていってしまい、後ろにはオイラの抜け殻がたくさん。それは魅力でもあるけれども、そこに立っているオイラはなんになるんだろうな?という未知なる不安と興味があります。

でも、子ども達とその後、中休みまでも存分に水遊びをしました。ぶんぶんかれらをなげまわし、水にすべりこんで楽しかったなぁ。さすがにくたびれました。眠い。

あ~、楽しかった。

保護者との面談で気をつけたこと

 

この時期、例年では家庭訪問ですが、オイラの勤務校は保護者との面談です。ということで、今回、特技披露の子ども強み発見コースはなくなく封印しました。また様子をみながら、いろいろやっていけるといいなあと思う。

立て続きの面談。朝の職員室では「あ~、がんばんないとなー」って話したら、「私は今朝はハマショーを歌ってきた!」「俺はDVDとポスターが届いた」って職員室@朝ハマショートークイベントに、ベテラン2人と初任者のオイラで盛り上がるそんな職場。勢い余って、「青空の扉」を久々に聴きたくなり、買い直してしました。うーん、大学1年生の時を思い出す。このアルバムすきだなぁ。

保護者面談の時に、気をつけていること。プリントのはしっぽに小さくメモして書いておいて、途中途中チラ見しながら、気持ちをもって臨んでいます。

□1 共感し続けようと努め、感情的なところを大切にする。

この一点。自分の評価判断をできるだけ脇において、相手が感じていることを同じように聴こうとしてみる。できているとか、できていないというよりも、そういう態度でありつづけたいと思ってのこと。不思議と、面談を通して自分の受け止め方も変わってくるのを感じました。自分の正しさを通そうとする気持ちをすんでの所で抑えられ、相手のことを分かろうと粘り強くできるきっかけが生まれました。

□2 子どもの強みを教えてもらう。学校だけでは見せないところを。

これはもう少し事前に準備が必要だったと反省。その場での対話で思いついたことや印象で話し合いが進んでしまいがち。オイラは今年「成長アルバム」をいう、自分の成長を自己評価する凝集ポートフォリオをつくっています。それをもとに話し合えたので、学校での興味関心や自信につながることを子どもの姿で話し合えたのがよかったです。

□3 保護者の願いをきいて、家庭でも学校でもできることを一緒にさがしてみる。もちろん、失敗しながらも、変わろうと引きずりながら楽しみながら続けてみること。

結果、大人がカリカリしないで、今しかないこの子どもと関われる時間の幸せを満喫しよう!ということになりました。「失敗をしてもいい」ってどうしたら子どもによく伝わるだろう?って、話し合いにもなりました。それって、取り組みの努力やプロセスに目を向けて、次にできそうなことを一緒にさぐっていくことだよね、ってことになり、なんだかいい話だったな。

 

その後、職員室で一息ついてたときのこと。「教師は伝えるんじゃなくて、相手から聞き出す事よ」って本校のおばあちゃんカウンセラーのことを教えてもらいました。カウンセリングマインドの神髄です。自分で気付かないこと限り変われませんなぁ。

面談をおえてみると保護者との「つながり」はやっぱり大切だと思う。1回だけではなく、細々とつながって、話し合い、一緒にかわっていったり、成長していって、子ども達に返せていけるといいなと思う。そういう意味では、オープンに、色んなことを耳の痛いことも率直に言ってもらおうと努力できたことがよかったな。

教師って仕事は繊細でないとやれないけれど、繊細過ぎてもやれない。どこか純粋な鈍感さがないと、やっていけない。そんなこともぼーっと考えたりもしていました。

終わった気分よくて、京王線の階段を駆け上がり、、新宿のラッシュアワーの交差点の中をちょっと笑いながらわたりました。ビルの合間の青空がどこかへ続く扉みたいだったな。

なんか達成感。さて、筋トレして一杯飲みに行こう。

あ~、楽しかった。

子どもたちとつくる学級通信で大切にしている5つのこと



腰をぐきっとやっちまいました。いろいろ原因を考えてみると、「そうだ。ここんとこしばらくブログを書いてないからだ」と妙にすっきりつながって、細々と続けていこうと思いました。ということで、そう、今年オイラは3年生を担任しています。

これまでをふりかえってみると、オイラはあんまり通信を書き続ける教師ではありませんでした。書いた年でも100号を越えるぐらい。でも、100を越えたあたりで急にトーンダウンしてきて。それは、保護者に向けて自分のやっている教室での取り組みを説得するかのようなところがあったからだなぁと、今思うと層だったんだ思います。学校でなにか新しい実践をすると、指摘されないように、そのチャレンジを取り上げられてしまわないように、って不安の表れだったのかも知れない。

そこで、ちょっと、肩の力の抜いて、子どものそのままの姿によりそいながら、教室づくりと同じように子ども達の姿で学級通信をつくっていけたらいいなと思い、書き始めているところです。学級通信においても同じように「子ども達にオーナーシップ」が持てるようにできるといいです。そんな1年間の細々とした取り組みです。



□1 子どもの言葉でつくる


これは教師が理念や価値といった情報を一方的に伝えるというよりも、その伝えている価値が実際に子ども達にどう伝わっていて、どう行動を起こし、変わっていくのかを記述していけるといいなと思ったからです。鼻息荒い通信はもうさよならです。だから、ときに残念な話の時もあります。子どもの言葉は、ふりかえりジャーナルに書いてある子ども達の言葉を大切にしています。とはいうものの、オイラの想いが強いと、子どもの言葉のチョイスにも偏りが出てきてしまいます。そこへはぐっと自制して、子ども達からの掲載リクエストも熱いので、誰もがバランス良く載るように、名簿にカウントしています。

通信の今週の迷言には、「子どもの言葉」から使わせてもらっています。いいなぁと思います。今週は「自学ノートは楽しいでの、何年でも書き続けられそうです」です。これいいよなぁ。文章には、ようしゃなく漢字を使って書いています。今はオイラが書いていますが、ゆくゆくは子ども達に書いてもらいたし、そういう通信もなにかおもしろいなと。新聞サークルの子ども達たちもせっせと書いてくれるので、通信の裏に印刷して配っています。


□2 子ども達に向けに書く

やはり届いてほしいのは、子ども達の心へ。自分たちがやっていることを一歩外から価値づけられる体験、客観視するチャンネルにこの通信がなってほしいなと思います。だから、配ったら、ファイルにとじて読み聞かせをしています。中には線を引いてくれる子もでてきました。


□3 時間をかけすぎずA4表一枚に収まる文量だけに

分量が多すぎても少なすぎても、書き手も読み手もしんどいもの。短くまとめるのも教師の技術だなとおもえてきました。多くなるときは何回かに分けて発行することにしています。30分以内で書けるものだけにしています。


□4 読者である子ども・保護者からもメッセージをもらい掲載を

学級通信はついつい配り手の一方通行になってしまいがち。読み手である子ども達からの感想や保護者からのメッセージも2週に1回ごとにもらって掲載しています。相互のやりとりは教室のあり方と同じように、通信でも同じようにつくっていけるといいなと思います。


□5 書くことを見つけて、楽しんでいること

そんなこんなで、28号までつくれました。この一ヶ月で毎日1枚ずつ?それ以上、出せているかな。ぎっくり腰の時など、気に病まないで「書かないということも選択肢」もとっておきたい。ブログもいいけれども、こういう教室実践を子どもベースの学級通信で記述していくのは、教室から見える風景が変わってくる予感もしています。

また、通信のように一つアウトプットするツールがあることで、そこに引っかかれるように自分の実践をメタで見られる機会が増えてくるのかもしれません。この調子で続けていけるといいなと思います。今しか出会えない気持ちを大切にしていけるといいな。驚くことに、オイラの学校の先生達は、ほとんどの方が出している。専科の先生の通信は専門的でもあり、オイラが見えていない子どもの姿もあり新鮮です。

あ~、楽しかった。



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そうそう。3年の総合で土の研究をはじめました。土に落ちていく花びらが腐るのに、塩漬けだと腐らないんだって。って、それをつまみ食いしにくる少年・少女がたくさんいるので、こういうおふれを出しました。懲りずになめてるけど笑。


校長先生から本をもらいました。子どもの姿がいきいきと描き出されている本です。こんな赤裸々な文章ものせちゃうの!?と、おどろき。こんな姿を学級通信を通して、子ども達、保護者、先生達と共有していけるといいなと思っています。自分の気持ちへや子ども達の気持ちに寄り添っていけるような文章の数々。通信を書いている先生ならぜひ手にとってほしい1冊です。





晋さんよりいただいた本。この本にはずいぶん助けられています。上記したような「週の名言」「ファイルにして閉じる」「読み聞かせる」「線を引く」など、通信を出し続けるコツがいくつも。自分なりにアレンジしてつかわせてもらっています。こういう本にふれると、通信を書く弾み車になっているなぁと。ぜひ。

離任式で、おけつポコポコたたかれたそんな別れ

 

前任校の離任式にいきました。入り口では、たまたま今日がボランティア日だったおーこーちくんとも会え、手を振れたのがよかったです。

体育館、壇上で何を話そうかな?とここのところずっと頭の隅で考えていました。2つヒミツを打ち明けようと話しました。ひとつは、オイラが富士レンジャーのピンクレンジャーだったってこと。(みんなから知ってるし!って小さくつっこまれてるし笑)もうひとつは、今努めている学校のことを少しだけ。

そして、退場には時間があったようなので、最後に子ども達がいる体育館中を練り歩きました。みんな、笑顔でハイタッチしてくれました。去年担任してた子ども達がいる学年ではもみくちゃにされました。もちろん、6年生にも。

歩きながら、すっげえやんちゃでいっつもトラブルばかりのトンガリぼうずの少年が視野に入りました。彼だけ笑ってません。最後のあいさつをと近づくと、その子、そっぽ向いてしまいました。あれ?と思ったら、目に涙をためていました。ああ、そういう顔もみせてくれるんだと、どこか心が温かくなりました。オイラ、なんだか心がギュッとくるしくなって、ぎゅーってだきしめてしまいました。そしたら、おしりをポコポコたたかれました。いっしょに泣いちゃいました。男同士ってのは、言葉じゃないんだな。先生になってほんとによかったなって、おもえる瞬間でした。

放課後は、図書室で最後のお別れしていました。いろんな子ども達が来てくれました。ピンクレンジャーの人気を確かめることが改めてできました。

おーこーちくん曰く「まるでディズニーランドみたいに並んでましたね」って。オイラ、ミッキーのように全力で握手して、ハイタッチして、ハグしておひげじょりじょりしてあげました。もう汗びっしょり。

もう、思い残すことないなぁ。やりきったなったおもってたら、最後に、女の子たち3人が「はい、イガせん、最後の自主学習ノートだよ」って。前のクラスの子たちからメッセージを集めてくれてました。いやー、もうやられちまいました。子ども達っていいなぁ。そういう気持ちがうれしいなぁ。

イガせんから教わったことリスト。おもしろいな。「数学者の時間」が響いてくれた子たち。なによりも嬉しかったです。はい。お互い、しなやかマインドセットでがんばろう。

ありがとう。さようなら。さぁ、新しいスタートです。

あ~、楽しかった!IMG 3634

新学期は、一人一人、そしてクラス集団を「見守るまなざし」からはじめよう

 

新学期がいよいよはじまります。新天地でもあり、小さな心臓がドキドキしています。

去年のエントリーでは、新年度の3日間、いや1週間、いやいや1ヶ月ではナンニモシナイを大切にしていました。結果、それが子どものペースに寄り添えるものとなり、無理に背伸びさせることをしないでいられました。今、ふり返ってみてもやっぱりそれは大切なことで、もう少し言葉にしてみると「見守るまなざしをもって観察しつづけること」だなぁと思います。

 

「ナニモシナイから、変わったんだよね」

http://igasen.blog22.fc2.com/blog-date-201704.html

 

初日の子ども達との出会いに向けて、この1週間いろいろ準備していると、何を準備してもやっぱり不安がつのります。「どんな子なのかな」「この話きいてくれるかな?」「プイって外にでていっちゃったらどうしよう」って。その不安を押さえつけるかのように、オモシロいネタや子どもたちが食いつきそうなもの、先生のオトナの魅力みせつるけるのだ!と徹底的に準備しようという衝動にかられてしまいます。

けど、昨年をふりかえってみても、なにか子どもの目を引くことやネタを投入する心配はありませんでした。ネタよりもオモシロいもの、それは自分たち自身というリソースでした。そういう意味ではプロジェクトアドベンチャーはお互いを知り合うあためには大事にしていきたいです。

不安しのぎで、その場しのぎのネタ披露(例えばハマショーをやってみるとか…苦笑)するとかではなくて、何を大事にして子どもたちと進んでいくのか、どんな先生でありたいかが何よりも大事でした。

すると、やっぱり子どもに寄り添っていたいです。もちろんネタのひとつやふたつの準備はあっていいし、そういう飛び道具はいざというときのためにも、やっぱり必須です。緊急時はいつでもやってきますからねぇ。ネタがいらないのではなくて、そのやっていることの根底に流れる一貫した願いが矛盾していないかを見なおしたいのです。

けれども、子ども達一人一人をちゃんと知ること、そしてその子ども達が集団として集まったときにはどんな力を発揮できて、どんな課題が生まれてくるのか。そういうことを目をぎらぎらさせながらじゃなくて、ニコニコしながら、「そーくるか。そーくるか」と、一緒に笑いながらスタートしていこうとする。そんなマインドをこのスタートの1ヶ月は大切にしていきたいです。

それは、子どもだけではなくて、そこを支える保護者や先生たちもそうであってほしいです。何に興味があって、何に困っているのか。良い・悪いの評価判断をすぐにしないで、まずはいっしょに過ごす中で、様子を見つめてその中で、自分自身が何を感じているのかをキャッチしてみることから一緒にはじめたいです

読み聞かせをしてもそう。自然をさがしにいっているときもそう。自学ノートをやっているときもそう。ふりかえりを書いているときもそう。そのときそのとき、大切にしたいめあてに照らし合わせながらも、子ども達を「かたまり集団」としてではなくて、ひとりひとりとして見つけていく目をもっていくこと。

係や当番だって、必要とあればみんな少しずつ決めていくことでいいと思っています。そのほうが、自分たちのコミュニティとして手触りを実感できることが多いでしょう。そして、なにかあれば、みんなで話し合い、変えていけるその主体者でいられるというメッセージを伝えられる。そう思うと、オイラは学級づくりしている効率や生産性はと~~~ってもわるそうですね苦笑。でもそれでいいとおもいます。子どものことを知ることからはじめて、本当になにが必要なのかを考えていく視点をもっていたいと願います。

この観察する視点が少しずつ、子ども達を見守る目になって、やっぱりいつでも見続けられるまなざしへ。そんな先生でオイラはありたいです。

そう思えたら、今年は、ゆっくりとスタートできそう。この1ヶ月は「楽しかったね」ってのんびりと思える教室づくりに向けていけそう。学ぶことはこの土台に自然とのかってくるはずです。あせらないでじっくりと観察することを大切に。オイラ自身がわすれないように。

あ~、ワクワクするし、やっぱりドキドキするぅ。

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 また、卵うんでるし~。春ですね。

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